ブログTOP > ビジョン > 速度管制技術としてのTwitter

2009年06月20日

速度管制技術としてのTwitter

先日、Twitterでの発言をmixi日記でほんの一言触れたのがきっかけで、
国会議員の方にコメントをもらってしまった。

インターネットすごい!
とまた思ったな。

てかTwitterというとんでもなくシンプルなツールがとんでもない可能性を持ってるんだなぁ。
ぶっちゃけ2年前はこんなのぜってーつまんねーと思ってたけど、ぼくのこういう予想は結構外れる。
椎名林檎のファーストシングルの広告を見たとき「何が歌舞伎町の女王だ。ぜってー売れねー」と思った。ナンバーガールも「なにが透明少女だ(以下略
注)どちらも今ではだいすきです(・ω・)

Twitterというツールも、時間と空間を圧縮する速度メディアの一つであると言える。
こういうメディア論的な考え方は、狭義の「メディア」だけにとどまらず、経済地理学や表象文化論、ポリティクス、リベラル・アーツにも波及する性質のものだ。

速度メディアとしてのTwitterのスピードは文字通りとんでもない速さだ。
人との距離というものが劇的に変わってきているのではないか。
コミュニケーションが加速して、出会いが頻発している。

速度メディアはすなわち速度管制技術であるから、メディアによって我々人間の速度のばらつきは一定の値に丸められ、我々ひとりひとりの個性のようなものがメディア固有の「型」に均質化されてしまう。

でも、ものすごいスピードの水準で均質化をはかるのがTwitterというメディアの特性らしい。
ここまで劇的な変化を経験するのはおそらく人生で(人類史上で?)そんなに無い事だと思う。
だから、いつものように新しいメディア、新しいパラダイムへと足を踏み出すのを怖がる必要は無いと思う。
だって、こんなにすごいんだから!
(別にTwitter社の回し者でもないんだけど。)


ま、簡単に一言で言えば、

「みんな同じ土俵、みんな同じスタートラインに立って生きてたんだよね、そもそも」

ということを決定的に突きつけてくるのだ。
これは大げさに言えば、色んな人に希望を与えてくれる。
衆議院議員とだって、有名企業経営者とだって、高名なハッカーとだって、つながってしまう。
とくに東京に住んでいる者同士であれば、より一層のリアリティがここにはある。
わずか数十分で、たぶん誰とでも会って話せる距離なんだ、という事を思い出させてくれる。


資本主義社会の猿たる我々は、このちっぽけな仕組みによってものすご〜いパラダイムシフトを経験しているんだと思います。

経済への波及はようわからんが、IranElectionの件を見れば明らかなように少なくとも政治への影響はすでに大きい。


もうそろそろ、国内のテレビや新聞でも「Twitter」って名前はでてきてるの?
今出てなかったらもうそういうメディアは捨てた方が良いと思う。

って、新聞社の対ネット観としては、これからmixi叩くのに忙しくて大変な時期なのかな?
いまんとこ読売とフジだけらしいけど。


こないだも警察の人と話した時、Twitter知らなくて2ちゃんねるのことと思われた。
日本はまだまだなのかねぇ

あ、ちなみにその警察の人と話すことになったきっかけの、方から、ひとこと謝罪のメッセージが来たよ。僕も悪かったなぁと思う点はあるけど、返事するのも野暮だと思いスルーしています。たぶんこれで一件落着なのだ。

ま良い事も悪い事も拡張されるってなもんだろう。道具っていう意味では。

これぞインターネット、されどインターネット。
このエントリーをはてなブックマークに追加
posted by taichistereo at 11:18 | Comment(0) | ビジョン
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
カテゴリクラウド
トップページへ戻る
Blog Widget by LinkWithin